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Ralph B. Allisonによる ”喫煙と犯罪” 講演要旨
米・精神科医 .多重人格の治療などの権威.刑務所での勤務歴が長く,犯罪者の心理などに詳しい 「喫煙は暴力的な犯罪、家庭内暴力、殺人、 レイプなどと関連している可能性が否定できない」 訳:三條典男 2001年9月22日 於 新庄市民プラザ 大ホール
私が少年で、両親と一緒に暮らしていた頃には、私の親戚は誰一人として 喫煙するものは居なかった。 当時、彼らはプロテスタント教会の一部で、非常に 保守的な宗派に属しており、その宗派は物理的な快楽は罪であると考えていたのと 喫煙は棺桶の釘だと考えていたためとである。 一方で私は、宣教師であった父が、周囲の人々が喫煙するために会議の折りに 家に帰ると非常にたばこ臭かったのを覚えている。 父は慢性の鼻炎を抱えていたので 非常に辛い思いをしたことだと思う。 だから、私は長ずるに連れて、喫煙は私の取るべき 道ではないと悟ったのである。 私の親戚で一番先にタバコを手にすることになったのは、私の従姉妹であった。彼女は 分裂病のために州立病院に入院することになり、その後喫煙の習慣に染まったのだ。 彼女は、一日中他の退屈な同病の患者達と病棟の椅子に座っていた。 その患者達の ほとんどが喫煙者だった。 それで彼女はタバコに手を出すようになった。 しかしながら、 その新しい習慣はもちろん、彼女の病気を改善することはちっとも無かった。 しかしながら、我々のように狭い了見の親戚から見れば、彼女の喫煙習慣は 彼女を遠ざける一因となり、そのことによって彼女が家族や親戚から独立して 寄りかからないで生きていくというためには、皮肉にも役だったことになる。 私が結婚する事になった女性と会ったとき、彼女は喫煙者だった。彼女は私に 言った。 喫煙は自分の体重を減らすダイエットに有効なのだと。。。(訳者注: 私は彼女に会っているが、どうみても体重は100kgを越えていた) 私の妻は 喫煙者でかつ、アル中の母親の娘だった。 私の妻は、カトリックの看護婦養成学校 の生徒だった。 そこでは、殆どの生徒が尼さんの先生に反抗するために喫煙を していた。 私の従姉妹のように、喫煙によってあたかも自分が独立しているように 見せたかったのだろう。 私は妻の喫煙を好ましく思っていなかった。しかしながら その感情を表にすることはなかった。 ある日、もし、自分が喫煙すれば自分の妻の喫煙 習慣を非難する理由もなくなると思い、一本のタバコに火をつけてみた。 その煙を 吸い込むやいなや、私は酷い気分になり、こんな惨めな思いをするくらいなら 私は一生タバコを吸うものか、と決心したのだった。 次に、私は葉巻に挑戦して みた。 歴史上の偉大な男達は皆、葉巻を吸って居るではないか。。。当時は その様な固定的観念が流布していたのだ。 私は安葉巻に火をつけ、その結果 自分のズボンを灰だらけにして台無しにしてしまったのだった。 自分のズボンを 燃やさないためにも、私は葉巻が似合う人間をあきらめねばならなかった。 その後、私の妻は、私がタバコが嫌いなことに気付き、タバコを止めようと 思った。 しかし、2年後には(たばこ臭かったので)妻に、タバコを吸ったのではないか と聞いたところ、彼女は私がパラノイアに陥っているのだと言って非難した。 2年の間に 妻はタバコをまた吸い始めていたのだが、私の前ではそれを認めようとしなかったのだ。 彼女の言い訳は、私が彼女をタバコを吸うという風に非難したために、逆に意地になって 吸い始めたというものだ。 まった、言い訳とはしてみるものだ。 タバコを吸うのは 彼女がわるいのではなく、私のせいにされてしまった。 その後、彼女は私の前では タバコを吸わないようになったが、私がいないところを見計らってタバコを吸っていた。 特に、車の中で吸うようだった。悪いことには、彼女が子供達を車で連れ出すときには 必ず、車の中で吸っていた。 私の子供達はずいぶんそれに悩まされたようで、父親の 私が吸わないのをみて、それを見習い、決してタバコを吸わないように決心したようだ。 この様なことが、私のタバコに対する家庭的なバックグラウンドである。 私が州立刑務所で働くことになった1981年当時は、どこでも喫煙が許されていた。 刑務所の精神科病棟に入っている囚人達で自分でタバコを買えないほど貧しい囚人達 は、お行儀良く振る舞うことを約束すると、ただでタバコをもらうことが出来た。 当時は問題を 起こしたり、大声で叫んだりしなければだれでもこの権利を享受することができた。 私が就任したばかりの時に、当時の精神科医長は、もし囚人達からタバコを取り上げたら 即、暴動になると言っていた。 そんなリスクを犯すわけには行かないと。 しかし、喫煙は良くない習慣であるという信念の新しい医師が着任すると、かれは きれいな空気の中で仕事をするのは自分たちの当然の権利であると主張した。 そして 囚人達が自分たちのタバコのために、ぜんそくや、心臓病、肺ガンなどにかかっているが どうして私たちがそれを治療しなければならないか。 それは理由がないだろうと主張した。 数年間、かれはその様な主張を繰り返し、とうとう囚人達には無料のタバコは配られないように なり、刑務所内の事務室や、教室、スタッフの頻繁に出入りするような場所は禁煙となった。 この時から、カリフォルニア州では、囚人達の独房以外では喫煙は許されないようになったのである。 囚人達はまた、マッチやライターを合法的に所有することが出来ないようになった。 彼らは タバコを吸いたいときには、壁に取り付けられた金属製のマッチ刷り板で火をつけるしかない。 そして、その2年後にはすべてのカリフォルニア州の刑務所は禁煙となった。 だからといって暴動が起きたりはしなかった。 囚人達は渋々ながらも新しい規則に 従わざるを得なかったのだ。 さて、ここでタバコの葉に含まれる、ニコチンという習慣性のある化学物質について 見てみよう。 エンサイクロペディア・ブリタニカによれば、ニコチンは両極端の性質を持つ ユニークな物質である。軽く吸い込むと、それは刺激的に作用し、胸一杯に深く吸引すると それは鎮静作用を引き起こすのだ。これが喫煙がもたらす一見元気に見えたり ストレス刺激を抑制したかのように見えるメカニズムである。 ニコチンは論をまたず 習慣性薬剤である。 喫煙者は特徴的な強い退廃的兆候を示す。 それは 一度は成功したかに見える禁煙を容易にうち捨ててしまうことである。 また、多量に 服用すると、ニコチンは強い毒性を示す。 吐き気や嘔吐、頭痛、胃痛、重症になると けいれんや麻痺、そして死に至る。 私が今までに会った囚人達は、タバコを含む何らかの複数の習慣性薬剤の中毒で 有ることが多かった。 かれらは、ヘロインを止めるのは簡単だが、タバコを止めるのは 困難だと言っていた。 にもかかわらずタバコ会社にとって非常に都合が良いことには、ヘロインは違 法であり、タバコは合法であるということである。 ここで、拙速なアンチタバコ十字軍に陥る前に、我々はその歴史を充分に考慮する 必要がある。 ジョージ・サンタヤナが述べているように”過去を思い出すことが出来ないものは 何度でも同じ過ちをおかす” なのである。 これはカサンドラ・テートによる”タバコ戦争: 小さな白 い奴隷商人の大勝利”(1999,オックスフォード大学出版) のレビューである。 ”ジャーナリストであり、かつ歴史学者であるテートによれば、1880年に近代の米国の紙巻き タバコ会社を設立した。その当時は紙巻きタバコは、モラルの退廃のシンボルとして悪魔のような ものだと思われていた。退廃的なボヘミアンや、洗練されていない移住者達だけが”棺桶の 釘”を吸ったのである。汚名を着せられたタバコは急進的な宗教改革者にとって格好の標的と なった。1899年には、ルーシー・ページ・ガストン反タバコ運動のロビー活動をするための アンチ・シガレット・リーグを設立した。 熱狂的なプロテスタントでもあるガストンは、他の 改革的宗教者のグループ、例えば、YMCAとかWCTUなどと同盟し、タバコを攻撃した。 喫煙は、アル中や、麻薬中毒、賭け事そして犯罪への戸口となると主張したのである。 多くの企業リーダー達、ヘンリー・フォードや、トーマス・エジソン、ジョン・ハーベイ・ケロッグ 等は、喫煙者を雇用するのを嫌った。 喫煙者は信頼するにあたらないからという理由だった。 1917年には、15の州でタバコ販売は違法とされた。 しかしながら、第一次世界大戦が すべてを変えてしまった。 ヨーロッパ戦線に兵士を送り出す際に、議会は、基地の周辺での アルコール販売や、売春を禁止したが、”より小さな悪魔” である喫煙を禁止しなかったのだ。 このため、何百億本ものタバコが海を越えて軍の基地へ輸出された。 この事による文化的 な衝撃は計り知れないものがあった。 テートに拠れば、一度モラルの低下が起こってしまえば それらは、はつらつとした自由、あるいは民主主義、近代化などの紋章として扱われるようになって しまうと述べている。 戦後の時期からは喫煙はハリウッドのグラマーな女性スターや、伝統というもの を脱ぎ捨てたいと考えている女性達の間で認知されるようになってきた。 そして反喫煙運動は 喜びを嫌う清教徒のごとし、とあざけられるようになった。 この様にタバコは受容の戦争に勝利した と思われたが、テートは、モラルの分野よりも現時点においては医学の分野における戦争となって それは継続していると指摘している。 タイム誌は近年、あらゆる法的な反喫煙運動にも関わらず、たばこ産業が盛り返してきていると 報じている。最大手のフィリップモーリスは昨年株式の価格を91%も上昇させた。 それはタバコ一 パックあたり44%の利益を上げたことに相当する。 1998年には46の州で大手のタバコ会社が2兆60億円もの金額を喫煙による疾病治療のた めの補助として支払うことにクリントン大統領と合意した。 タバコ会社は宣伝を縮小し、未成年市 場開拓を断念し、反喫煙運動グループに基金援助する事にも合意した。フィリップモーリスはカリフ ォルニア州に住む有る喫煙者から喫煙による害のために30億円もの損害賠償を起こされているが、 大方の見方はこの喫煙者が大金を得ることはないだろうと観測している。 新大統領、ブッシュの元、検事総長のアシュクロフトは、しかしながら、これらのタバコ会社を追いつ める事には興味がないように思える。 すべての学校の生徒達は自分たちが正常なグループに属している、あるいはそう言う風に周囲か ら受け止められていると思われるべきであるという、プレッシャーに曝されている。 もし、家庭において 彼らの行動の基準が学校での大多数のやり方と異なるようなものであったなら、子供達にとって友 達と同じように振る舞わなければならないと言う圧力はいっそう強いものとなる。 もし子供が家庭の やり方に反抗しようとしているとしたら、友達と同じ事をすればよいわけだから子供達を両親とは異 なる方へ駆り立てることになるだろう。 そう言う場合には子供達は両親がもっとも嘆くだろうやり方 を選択していくことだろう。 強制的に声を大にしてタバコを吸ってはいけないと子供に向かって怒鳴 るだけのやり方では、よりいっそう子供達を取り巻く喫煙者達と同じ方向へ追いやってしまうだろう。 だから、よりよい方法としては、両親は子供達に強制するよりは喫煙による害は子供達自身へ向 かうということと、だからそれは両親への反抗と言うよりは自身への無謀な試みであるとさとし、さらに 両親は如何に子供達を愛しているかを示す方が効果的だと思う。 さて、テレビなどでは常習的な犯罪者は、酒飲みで喫煙者で盗人で、人々を殴り、暴力的なセッ クスをするという風に描かれている。 社会学者に拠れば、これは人々がそう思っている犯罪者像を あちこちから集めてきているのだが、それらにはそれぞれ相関が無く、ただ人々が犯罪者として期待し ている姿を映しだしているのだという。 しかし、犯罪者の社会の中にもその様に振る舞わなければな らないと言うプレッシャーが存在し、自分たちを犯罪者然と見せるための行動様式と捉えている。 つまり喫煙は犯罪者にとって、仲間内から認識されるためのユニフォームの様な役割をしていると 考えられる。 たとえば、我々がゴルフをしているときにはゴルフウェアを着用し、結婚式に行くときに は礼服を着るようなものなのである。 社会学的な意味としては犯罪者は、自分たちを犯罪者とし ての仲間内でのラベリングのために喫煙していると言える。 他に個人として物理的な意味でも犯罪者達が喫煙しているという理由が潜んでいるだろうか? 可能性は大である。 ジョージア州アトランタにあるエモリー大学のエミル・パヤワルは脳代謝におけ るモノアミン酸化酵素(MAO)について述べている。 かれはMAO-Aが神経伝達物質であるセロト ニンを抑制するのに対し、MAO-Bはフェニルエチラミン、ベンジルアミンなどを抑制すると述べている。 MAO-AもMAO-Bもドパミン、エピネフリン、チラミン、トリプタミンを阻害する。MAO-Bの欠乏は人 の行動様式に異常を来さないが、MAO-Aの欠乏は境界性の精神遅滞を引き起こし、心血管系 の異常や行動様式の異常を引き起こす。 喫煙者はMAO-Bが40%も正常人と比較して欠乏し て居ることが知られており、その結果ドパミンの上昇が起こっている。ファウラーは喫煙とMAO-Bの阻 害は数多くの薬剤の依存性と関連していると考えている。血中のドパミンのレベルの上昇は依存の 多幸感に対して重要な役割をしている。コカインや、アンフェタミン、ヘロイン、等の依存も喫煙と同 様にこのドパミンのシステムと深い関連があると考えられている。 MAOレベルの低いアカゲザルでは、正常な猿と比較して明らかにより活動的で、遊びを好み、集 団で居ることを好む。また睡眠時間が明らかに短い。 人間の幼児ではMAOレベルが低いと神経 質で多動で、指しゃぶりや、爪噛みなどの行為が多く観察される。 結局MAOのレベルが低いと個々 において自我のコントロール性が低下すると思われる。 こうした低MAOによる自己制御性の低下 は衝動的な反応をも引き起こすだろう。 こうした制御不能の状態は、自己満足のためには手段を 選ばない行動となる可能性もある。 MAOが抑制された結果起こる高濃度のセロトニンレベルは高 度な攻撃性を帯びることにもつながる。 さて妊娠した女性の喫煙についてはどうだろうか。 1998年のニュージーランドの報告では妊娠 中喫煙していた女性から生まれた10代の少年達は、行為障害を引き起こす可能性が非常に高く、 またニコチンやその他の依存性物質への依存が多く起こるとしている。 また鬱状態も非喫煙者から 生まれた少年達より随分低いと報告している。 しかし、他の因子を考慮した後で見てみるとどうや ら喫煙と関連するのは行為障害のみのように思われる。 行為障害は日本でも少年犯罪などで有 名になったが突発的な怒りの解放などが特徴的な情緒異常である。 フィンランドにおける研究で、妊娠中に喫煙していた女性から生まれた28才の男性5000名につ いて調べているが、暴力的な犯罪と、その再犯率において非喫煙女性から生まれた男性の倍のリス クであったとしている。 しかしながら、喫煙女性から生まれた男性は非暴力的な犯罪とは無縁のよ うにみえる。 もちろん、これらの研究から直ちに犯罪と喫煙の間に因果関係が有るとは断じること が出来ない。 他の第3の因子が関与している可能性が否定できないからである。 しかし先に述 べた様に、犯罪者は自らのラベルを喫煙によって行っている傾向などからも興味深い事実であると 思う。 我々はすべて異なっている。 肉体的にも異なっているし、精神的にも、環境因子に拠っても、信 念の強さによっても異なっている。 私は自分の信念の正当性については誇りを持っているが、他人 から見ればただの頑固者であり、変化を恐れているだけと映るかも知れない。 たとえば或る女性は 逆に非常に他人の考えに影響を受けやすく、何でも吸収してしまう脳を持った人であるかも知れな い。 或る人々は集団とは異なって存在する力を持っているかも知れない、しかし他の人は常に回り に影響されて生きている可能性だって有る。 米国では喫煙習慣を減らすために多くのやり方が開 発され試されてきた。 催眠や針灸だってある種の人々には有効だ。 ニコチンパッチは非常に現在 においては有用で、多く用いられている。 医師達は禁煙したい患者さん達にはタバコは或る定めた 日に一度に止めることを推奨している。 そしてその日に、すべての喫煙具を捨て去るように指導し ている。 その方が有効だと信じられているからだ。 ところが、米国での調査では80%の人々は全 く薬剤やプログラムの助け無しに喫煙を止めている。 それらの人々は、ただ、自分でタバコを止めよ うと思い、それを実行してしまう。 当然の事ながら、そうではない20%の人々が居る。 この中には なかなかタバコを止められない人が多く、種々の薬剤や禁煙プログラムにも抵抗性のある人たちが 含まれる。 私が禁煙指導の医師達に望むのは、これらの人々に最適な禁煙指導を選択されるこ とである。 それらは、単にニコチンパッチを貼るだけではなく、いろいろな視点からのいろいろな支援、 禁煙プログラム、種々の異なる人々に適応する方法が選択されていくべきである。 |